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最近、毎晩のように彼女の夢を見る。彼女とは山野葉子のこと。高校3年
の時の同級生で、卒業後5年ほど友達づきあいをしていた。その間、関係が恋愛
に発展しかけたことも何度かあったが、結局は煮え切らないまま時は過ぎ、自然に
消滅してしまった。それももうとっくの昔の話。俺も彼女も今年で四十という
年齢を迎えようとしている。それでも彼女が記憶の片隅に居続けるのは、お互いに
まだ独身ということだからかも知れない。
夢は「見る者の願望のあらわれ」とよく言うが、彼女の夢の場合は当てはまらない
ような気がする。なぜなら夢の中で俺は彼女に何もしないからである。夢では過去
俺と葉子との間で実際にあったシチュエーションがそのまま再現されていた。
例えば、いっしょに泊まった伊豆の温泉の宿や、葉子の部屋。先日見たのは放課後の
教室で二人きりという光景だった。そこで俺は、現実がそうであったように、やはり
葉子に対して何もしなかったのだ。指一本触れず、声をかけることも無かった。
現実であろうと夢であろうと、俺の行動は変わらない。ただ、夢の中の方が、
覚醒している時よりも精神が純化していて、素直な思考をしているような気がする。
「過去これと同じ状況で、俺は何もしなかったわけだが、別の選択肢もあったのでは
なかろうか?」 「何か声をかけてみようか」などと、さまざまな可能性を模索したり
する。がしかし、結局は何もしない。我ながら歯がゆい思いである。
過去彼女に素っ気無い態度をとりつづけたのは、世の女性に対する復讐でもあった。
俺にとって葉子というのは女性の象徴であった。そして、母親に対する畏怖や
思春期の訳のわからぬ怒り、女性器への秘密めいた憧れなど、ごっちゃになった感情が
憎悪となり、それを当時無自覚のまま彼女にぶつけようとしていたのだ。ただ、最初からそんな
態度で接していたわけではない。高校の時は彼女に対して実に紳士的に振舞っていた。
ただ、俺の態度が変わり始めたのは二十歳の頃からだっただろうか。この頃にはお互い
ざっくばらんに何でも話す仲になっていたのだが、ある日のデートの帰り
「さぁーて、帰ってオナニーでもするか」
と冗談で言うと、葉子は
「嫌ねぇ」
と白い目で俺を見た。
「なに言ってるんだ、俺にとってオナニーは日課であり、これをやらないと一日が終わらない」
「私にはわからないなぁ。その『溜まる』っていう感覚が無いから。女だからかな?」
「女はそうなのかね?」
「う〜ん、不感症なのかも。『イク』っていう感じもわからないし」
などという会話をしたことを憶えている。この時は気にも留めなかったが、もしかしたら俺は
誘われていたのではないのかと今になって思うのだ。「私は不感症」とか「私はイッたことが無い」
などと女が言う時は「私はちょっと難しい女なのよ。攻略できるかしら?」と挑発しているのだと受け取れ
なくも無い。仮にそうだとしよう。しかし、俺はそんなにに飢えているわけではなかったのだ。
スキンシップよりも、もっと彼女とは精神的につながっていたいと考えていた。俺は確実に
葉子に恋をしていたが、世間で言うそれとは違っていたのかも知れない。この日を境に
意識的に葉子と距離をおくようになった。
最近連続して見る葉子の夢。これは俺が葉子の夢を見ているというより、葉子の精神世界に
さ迷いこんでしまったという感覚である。そこで出くわす彼女との間に会話はなくとも、
強烈に伝わってくるのだ。
「ここでまた何もしないことを選択してしまったら、次に会えるのは5年も10年も先になってしまう。
相思相愛のはずなのに私達はなぜ触れ合うことができないの?」
俺はただ、葉子とは馴れ合うような関係でいたくないのだ。そりゃあ過去、イベントの度に何度も
悩み、結果を悔やんだ。でもこうしてセーブポイントに引き戻されたとしても、俺の
選択が変わることは無い。俺は永遠に彼女を抱くことはない。
ある日、また夢の中に彼女が現れた。そして今度はついに彼女が口を開いた。
「さようなら」
翌日、もと同級生の友人から電話がかかってきた。そこで山野葉子が病死したことを告げられた。
一ヶ月ほど前から白血病で入院していて、昨晩息を引き取ったとのことだった。
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