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「初恋」

 投稿者:wataru  投稿日:2007年10月 6日(土)23時59分24秒
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     僕が中嶋ミレイに気があったことは、誰の目から見ても明らか
というわけではなかった。僕は自分の本心を隠す癖があり、また
それをイキと考えていた。自分のまわりで、異性をめぐって、
泣いたり喚いたりしている友人達を見ていると、なんだかこどもこども
していて、とても渦中の人間になりたいとは思わなかった。10代の
頃は、そのうさにも憧れたこともあったが、今はもう、静かにして、心を
乱さずにいたかった。

 僕が最初にミレイに関心を持ったのは、彼女が女優のジョディー・フォスターに
似ていたから。そんな他愛のない理由から好きになった後ろめたさもあって、
話をすることはおろか、目をあわすことも意図的にさけていた。

 高校最後の文化祭の日が近づいてきた頃、僕は頭を悩ませていた。3年生は
受験のこともあって文化祭は自主参加なのだが、僕はクラスを説得して文化祭参加
を決定させた。反対意見も多かったけど、僕は皆に文化祭を楽しんでもらい
たかった。決をとって出し物は「フィーリングカップル」にきまったのだが、
準備半ばで、電飾や装置の作成で予算をオーバーしてしまい、計画は暗礁に。
苦肉の策で僕はクラスにカンパを呼びかけた。その日の放課後、装置作りに
没頭している僕の背中を誰かが、チョンチョンとつついた。振り向くと
そこに中嶋ミレイが立っていた。不思議なことに、その人物が中嶋ミレイだと
気付く前に、彼女に触れられた背中の一点から全身にかけて、電流の様なものが
走った。この時、自分でも驚くほど動揺してしまった。なんとか平静さを保とうと
したが、はたからはかえって不自然に映ってしまったかも知れない。

「あの、なにか?」

と尋ねると、ミレイは微笑んで右手を差し出し

「少ないけど・・・・」

と、カンパの千円札を僕に手渡した。僕は恐縮と喜びの感情がごっちゃになりながら

「こりゃどうもっ、ありがとう。助かるよ」

といって何度も何度も彼女に頭を下げた。僕はこの時、本当にうれしかった。
その後カンパ金もそこそこ集まり、なんとか文化祭の出し物を成功させることが
できた。「フィーリングカップル」は男女5対5で電飾の付いたテーブルを
はさんで座り、ゲームや質問コーナーの後、気に入った相手のボタンを押し、
相思相愛なら、結ばれるというもの。文化祭最終日に、ミレイに

「あなたは出場しないの?」

と言われたが

「僕は裏方でいいんだ」

と答えた。この日から、僕とミレイは少しずつ会話をするようになっていった。

 高校卒業前に、クラスメイトとの別れを惜しんだ僕は「ツーリングクラブ」なる
ものを作りクラスからメンバーを募集した。「ツーリングクラブ」はバイクや車で
あちこちに旅行に行くというもの。メンバーは特に仲の良かった10名がすぐに
集まった。その中に中嶋ミレイも含まれていた。物静かなお嬢様的雰囲気の漂う
ミレイが、どちらかというと不良的なイメージのあったバイクや車のグループに
簡単に入ってくれるとは思わなかったが、頭をさげて勧誘したら、あっさりOKして
くれたのだ。男6人、女4人のちょうど良いバランスのメンバー構成となった。

 高校卒業後すぐは、皆けっこう暇だったので、ツーリングクラブはほぼ毎日のように
おもてにでかけた。最初は街中や首都高速を当てもなく夜通しぐるぐる回ってみたり、
見知らぬ山道や、廃屋などを探検した。この頃は、そんなことが楽しくて楽しくて
しかたがなかった。自由な漂白の旅。貧しい、車中一泊、野宿当たり前の旅だったけど、
女子メンバーもよくついてきてくれた。バイクで富士山に行ったときは、約束したわけでも
ないのに、成り行きで僕の後ろにミレイが乗ることになった。責任重大で緊張したけど、
いざ走り出せば、喜びも加速していった。僕とミレイ、これまで特に深い内容の話を
したことも親密に触れ合ったこともなかったが、もう自分の中で、彼女への想いが
揺ぎ無いものになっていたことを確信した。背中に伝わってくる彼女のぬくもりが、
その想いへの答えのような気がしたが、それが何かの予感なのか、錯覚なのかはわからなかった。

 旅行も回を重ねるにつれ、計画性をもったものになっていった。伊豆の民宿に2泊3日とか、
すこしばかり予算もかけるようになった。最初の頃のような、行き当たりばったりも
面白かったのだが、ぼちぼちメンバーの中に就職が決まるものも現れたので、
それに配慮する必要がでてきた。大学や短大、専門学校に進学した奴等は暇をもてあまして
いたので、就職組みとは別に毎夜毎夜ドライブにでかけた。僕はというと、高校卒業後
約一年間、進学も就職もせず、ぶらぶらしていたが、さすがに親にせっつかれて、親父の
会社で働くことになった。これまで毎日のようにたっぷり遊んだので、もうそろそろ気持ちを
きりかえなくてはならない。遊びの誘いも断るようになり、徐々にメンバーと疎遠になっていった。
そしてミレイと二人きりで会うこともなくなっていった。僕はミレイに会えない日が淋しくて
つらかったが、個人的な連絡も控えるようにした。

 そうして僕は仕事に集中するようになっていったが、いちおうツーリングクラブを立ち上げた
張本人なので、夏の旅行は年に一度の恒例行事として計画することにしていた。計画が決まると
しばらくぶりにミレイに電話をしたが、雑談はいっさいせず、まるで業務連絡のように旅行の予定を
淡々と説明した。

 旅行当日早朝、3台の車が待ち合わせ場所に集まった。僕はミレイの姿を目で探した。
ミレイはすぐにみつかり、僕はホッとしたが、二人の間には物理的に距離があった。今までの
旅行では、いつも僕のそばにミレイが寄り添っていてくれたのだが、この日は様子が
違った。そして道中、何度かローテーションをしたのだが僕の車の助手席にミレイが座ることは
なかった。

 一向は熱海で海水浴を楽しんだ後、土肥の温泉に浸かった。夜中、僕は宿泊先の旅館を
一人抜け出し、遊歩道で夕涼みをしていた。しばらくすると、ミレイとカズヤがそばに寄ってきた。

「こんなところにいたのか。探したんだぜ」

カズヤは僕の小学生の頃からの幼馴染だ。大親友である。

「おまえに、話したいことがある」

「なんだい?」

僕はこの時、自分で「なんだい?」と聞いておきながら、なんとなく話の内容がわかっていた。

「実は、俺達・・・結婚するんだ・・・」

「マジかよ・・・!」

僕はミレイとカズヤを2人まとめて抱きしめた。

「おいおいおい、よかったじゃないか、おめでとう」

僕は二人の間に入り、両腕を彼等の首に回して、頭を引き寄せた。僕は心から親友を
祝福した。カズヤは最初戸惑いの表情を見せていたが、僕がなんども「良かった、良かった」
と繰り返すうちに、照れ笑いの表情に変わっていった。そしてミレイは僕の胸に額を押し当てて
微笑を湛えていた。こんな感じに大胆に彼女を抱擁することは、二人きりの
時には叶わなかった。皮肉なことに、彼女と親友との結婚を祝福する時になって、初めて
こんなに多く触れ合うことができた。
 僕はそろそろ2人を開放すべく、2人を抱える腕の力を緩めたが、
ミレイはまだ僕の胸から額を離さずにいた。僕はさすがに気兼ねしてカズヤの方を見たが、彼は
咎めることなく微笑んで僕を見つめていた。ミレイの顔は紅潮し、言葉に出来ない想いを
熱として伝えてきた。

 どうすることもできない、どことなくかなしい熱だった。
 
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